反響室の中と外

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Twitterまとめや書ききれなかったこと、映画の感想、日々の妄言等々。

『神様メール』/そろそろ新しい定規が欲しくはないか

原題:Le tout nouveau testament(2015・白/仏/ル)

 

 まずもって明らかに邦題が怪しすぎる気がしたのでグーグル先生に頼ることにしました。あれこれやってみてわかったのですが、原題は「新しい新約聖書」、つまり作中で主人公のエアが書くことにした「新・新約聖書」を指していると思って間違いなさそう。メールは最初こそ主題のひとつにはなりますが、その後それほど意味を持ちません。大事なのはエアが兄のイエス・キリストに自分の聖書を書く(その為に使徒を集める)ことを勧められて出かけてからの物語です。これもタイトル詐欺か…いやもうそこには突っ込むまい。

 基本的に旧約・新約とも聖書の知識のない人間の感想なので(たぶん拾いきれなかったネタもたくさんあるはずですごく歯痒い)、その辺りが気になる方は申し訳ありませんが他のレビューをお当たりください。というわけで私は相変わらず好き勝手に書き散らします失礼を。

 

 ざっくり作品の主張を読み解くと「男性からの女性の解放」「フェミニズムの掲揚」が挙げられそうですが、あまりそこばかりに捉われるのも面白くない気がしました。なんだろう、この作品で描かれたブラックジョークの爽快感(理不尽さすら笑いに昇華する底力)やエアが人々に見せた美しい奇跡と夢(あれは「愛」と呼んでいいと思う)は、そんな小さな枠に収まらない大きな変化の呼び水のように感じられたのです。

 現代の閉塞した世の中で既存の価値を笑い飛ばし、改めて普遍的な愛を示す。エアや彼女によってつながれた大人たちが表現したのは、「いま、もういちど時代を見定めて、新しい(より自由で自律的な)ルールをつくろう」ということだったんじゃないかな、と、勝手ながら解釈しました。そしてそのきっかけは、エアの母である女神の極めて偶発的な行為のように、日常の些細な行動から生まれるのかもしれないとも。

 

 あとこれ、私が物語の物語化、いわゆるメタ的構造を取った作品が好きなので余計にかもしれませんが、原題どおりに作品そのものをエアの言行を綴った「新・新約聖書」と見做すと構成としての面白さが桁違いに上がると思うのです。旧約も新約もなんのそのの勢いで飛ばしていく「新・新約聖書」の、冒頭の状況設定からしてフルスロットルな痛快さに改めてニヤリとさせられます。