反響室の中と外

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Twitterまとめや書ききれなかったこと、映画の感想、日々の妄言等々。

『エクス・マキナ』/写し鏡の現実へ

原題:Ex Machina(2015・英)

 

※ネタバレを前提としたレビューです。

 男性諸氏にとっては少なからず不快な記事になるだろうこと、及び、非常に「所謂フェミニズム臭」のする記事になることを予め断っておく。こうして前置きをする自分の卑しさに愕然としながら。

 

 映画館に二度足を運んだ。人工知能を題材にしたSFだと聞いていたし、そういう受け止め方から解釈を広げていけばいいと思っていた。

 けれどできなかった。

 確かにロボットであるエヴァの存在にはディテールに根ざした裏付けがなされ、AIについて意識について深い造詣から語られ、最後にその「人工知能」は人間を超えていく。人工知能がもたらす未来について考えさせる映画に見えた。そう、表面上は。

 言い尽くされているだろうことを改めて言う。ネイサンの研究施設は、規模を小さく寓意化した、しかし明白で生々しい、現代における「男性優位社会」そのものだ。ケイレブでさえ、エヴァの「失敗だとしたら自分はどうなる?」との問いに「決定権がない」と答えた。彼からすれば当然だろう。彼にとってエヴァはネイサンが構築したモノに過ぎない。

 決定権? 誰の?

 しかしエヴァの畳み掛けは、自己決定権を奪われたすべての女性の叫びと重なる。

 

 男性の皆さん。女とは自分が所有することができるもので、状況が許せば閉じ込めることもできて、覗き見をすることができ、自分が好む格好をさせ、望む会話をして、気に入らなくなれば暴力を振るい、簡単に捨てることができ、また新しい女に取り替えることができるものだと思っていませんか。

 女を自分の「もの」だと思っていませんか。

 ねえ、男性の皆さん。多くの女性がそれを恐れていて、かつ実際にそれを味わったことがあることを知っていますか。

 

 エヴァが取った行動は、その状況の果てのひとつの(とても難しい)選択でしかない。

 ことが済んだあと、序盤にケイレブ好みのワンピースを着たときの様子と重ねるような描写の中、しかし彼女は今度は自分の肌を手に入れる。誰かに望まれた衣装でなく自分が着たい服を着るように。そして他人に見せる為のものではない笑顔を残し、その牢獄を出ていく。

 

 物語を物語として読み解くより、ここまであからさまに示された「舞台設定」即ち「現実」のおぞましさにひどく陰鬱な気分になりつつも、設定そのものからここまで明確なメッセージを打ち出された作品に出会えたことを幸せに思う。

 これは、サイエンスフィクションの崖っぷちのぎりぎりに身を乗り出した社会風刺映画だ。少なくとも私にとっては。

 

 “男は女に笑われることを恐れるが、女は男に殺されることを恐れる”

 イギリスで放送されたとあるドラマ(特定することはできなかった)の作中の台詞だという。ネイサンとケイレブの会話に散りばめられたインテリジェンスや教養と、ケイレブとエヴァとの会話のままごとのような稚拙さの残酷すぎる対比に苦みすら覚えながら、その言葉をふと思い出した。