反響室の中と外

反響室の中と外

Twitterまとめや書ききれなかったこと、映画の感想、日々の妄言等々。

『シン・ゴジラ』雑感

(2016・日)

 

 タイトルの通り雑感です。というか最初あまり見に行く気がなかったので(すみません)概要や結末はネタバレを避けずなんとなく把握してました。なので、真偽のほどは如何、的なノリで「観察しに行った」という意味合いが強いかと。考察・批評等は先達様が多くいらっしゃるので自分はやらない方向で。主観一辺倒。ご了承をば。


鑑賞者の基本スペック:
風の谷のナウシカ視聴済み
新世紀エヴァンゲリオン/新旧劇場版視聴済み
巨神兵東京に現る視聴済み
ゴジラシリーズ、及びその他特撮映画は全く未見

面白かった/納得できた部分:
・めっちゃエヴァ
(人の腕と身体の隙間から対面の人物を撮ったショットとか会話する矢口とパタースンをどんどん画面の隅に追いやるドリーバックとか)
(巨大不明生物の遺伝子構造図の見た目とか)
(襲来の間の小休止に挟まるメディアのアナウンサーの声のコラージュとか)
(音楽とか(当たり前か))
・パタースン特使、演技も英語も言われてたほど問題だとは思いませんでした。高慢なイメージだったそうですがむしろめちゃくちゃ誠実なキャラクタでは?
・政治家メンツの中では臨時総理のコメントひとつひとつがいちばん地に足が着いてた印象
・先に鑑賞済のかたの感想に「病院の描写がない」という指摘があってなんとなく気持ちにひっかかってました。確かに対策本部や政府、防衛部隊や避難者等のリアリティと比較するとかなり違和感があるので尤もな意見だなとは思ったんですが、第一次襲来時の瓦礫の中の足のカットを見たときに、ああ、これが精一杯なのかもな、とも。

うーん…と思った箇所とその理由(重箱の隅突きとも言う)
・やっぱり日本の俳優さんがさらっと「国(くに)」って発語するとものすごく気持ち悪い。あー台本に書いてあるんやなーって思ってしまってどっと気分が引いた。…のは私が「国」というふんわりとした実体のない概念(という認識でいる)についてあたかも当然存在するものとして共通言語のように用いられることを承服しがたいからです。「国家」「国民」と言われるともっと特定の組織を運営する為の機構、あるいはその構成員として理解できるのでそれほどおかしいとは思わないのだけど。という感じで個人が捻くれすぎているだけなので俳優さんや脚本に非はない。
・自分でも予想してなかったんですがゴジラの定番の雄叫びとエンドロールのゴジラのテーマに違和感がむくむくと湧いてですな…(身も蓋もない)。ゴジラを「巨大不明生物」としてリビルドした世界の中であの雄叫びとテーマ曲だけが(過去シリーズに縁がない人間にとってすら)有名になりすぎていたのが原因かと。でもそれすら取っ払ってしまったら今度は「ゴジラである意味」について叩かれるのは必至だし、往年のゴジラファンには辛いだろうし。痛し痒し。

 ぐだぐだ並べ立てましたが、個人的にはもうどアタマの教授が乗り捨てた(だろう)ボートから漂う湿っぽい不穏な空気だけで満足感でお腹いっぱいです。綺麗に並べた革靴と「春と修羅」と折り鶴が醸し出す怖気。そんなに邦画を観てるわけでもない身で恐縮ですが、あの湿度の高い陰鬱な「におい」は他の国の作品からはなかなか感じられないものだと思いました。好きだ。