反響室の中と外

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Twitterまとめや書ききれなかったこと、映画の感想、日々の妄言等々。

『フィルス』/そう、俺はクズなのだ

原題:Firth(2013・英)

 珍しく旧作映画でひと記事、なんてもったいつけていますが今だいぶ息切れしてます、というかあまりの鬱映画っぷりに瀕死です。誰だ、この作品をクライムコメディなんて言った奴。コメディじゃない、ぜんぜん笑えないよ。助けてくれ。
 というわけであんまり映画評にはなっていない、しかもがっつりネタバレを含む旨を先にお詫びしておこうと思います。

 

 ルールに例外なし。主人公ブルースによって繰り返されるフレーズ。この言葉に最も追い詰められていったのはブルース自身だったのだと、物語を見終えたときには理解できるだろう。規定されるルール。例外はないのだと断じられるルール。けれど振り返って考えると、そのルールとやらを具体的に示す描写はどこにもない。はたから見れば存在しないものに首を絞められていくブルースの思考回路を知っている。
 批判を承知で書く。これはうつ病の急性症状を、目眩がするほど丁寧に描いた作品だ。
 あなたはブルース・ロバートソンという男をどんな風にプロファイルしただろうか? 欲に目が眩んだ、虚栄心の強く、疑り深い、男根主義的な男? 多分どれも正しいし私もそう思う。その底に異常なレベルまで達してしまった真面目さが根を張っていることを含めて。
 ブルースの言動は常軌を逸しているが彼自身は一貫して真面目だ。ここで言う「真面目」は、世間の常識に照らした真面目さというより、自身の倫理観や主義に客観的目線を、余裕を、遊びを差し挟めるかどうかという話で、対義語は「不真面目」ではない。強いて挙げれば「おおらか」と言ったところか。ブルースは「真面目」だったが「おおらか」ではなかった。周囲に対して、そして誰よりも自分に対して。おおらかになれなかったゆえに、家庭の崩壊を受け入れられず、同僚を信じられず、友人を見下し、過去に苛まれ、職場での地位を失うことに耐えられず、自分自身へのたった一瞬の例外さえも許せない。
 思い知らされる。たったひとこと「助けて」と呟くことがある種の人間にとってどれほど難しいか。それまでに自分が何をしてきたか彼は自分で知っている。他の誰より知り抜いている自分の「悪行」によって、自分の存在は救済に値しないと「判っている」。だからますます周囲を撥ねつけ、孤立する。悪循環。彼は最後の最後までその悪循環を断ち切れなかった。

 ごく一般的な意見を述べるなら、もしブルースにほんの少しのユーモア、おおらかさ、があれば、彼はあんな結末を迎えずに済んだだろう。多くの観客も望めるならそれを望むだろう。しかしそうはならなかった。『フィルス』は、ブルース・ロバートソンの物語はそこで終わってしまった。私はまさにそのことに打ちのめされていて、同時に、その感覚が(このことばをあまり使いたくはないのだけれど)よく「わかる」。
 ルールに例外なし。あなたの中にブルースはいますか。できればいない、あるいはいたとしてもごく小さい、と答えてくださることを願います。