反響室の中と外

反響室の中と外

Twitterまとめや書ききれなかったこと、映画の感想、日々の妄言等々。

『偉大なるマルグリット』/狂気を追ってひた走れ

 本文の前に:

・このブログの映画感想記事は個人の所感を記録することに特化しています。
・基本的に公式宣伝やインターネットなどで触れられるあらすじについて改めて言及しません。数多ある感想ブログの中ではかなり不親切な部類に入ると予想されます。
・息を吸って吐くようにネタバレをします。ご注意くださいませ。

 

 

原題:Marguerite(2015・仏)

 

 実在の同じ人物を題材に取った『マダム・フローレンス!』が公開済みの今なので敢えて言いたいのだが、本作はコメディでも人間ドラマでも感動を呼ぶ人生譚でも「ない」。強いて表現するなら風刺であり、マルグリットという一人の女を通して人間の本質を問う、一種の哲学とでも言えばいいのか。
 正気とは、狂気とは、その境界はどこにあるのか。マルグリットの歌へのこだわりは偏執的ですらある。しかし、それは決して夫からの愛の欲求や周囲からの賞賛などを目的とした「副次的なもの」には見えなかった。なぜなら、歌おうとすることをもってしても目的が果たせないと気付いた時点で、彼女には歌う必要などなくなっていたのだから。
 マルグリットは歌う。巧拙すら最早問題ではなく、ただそれだけが存在意義であると宣言するように。歌と舞台に縋る姿には求道者に似た悲愴があり、また同時に、彼女を嗤う者に対して向けられる目は時にこの世の全てを予見する人ならざる存在を思わせる。意志の力の特異点。ジョルジュ、ペッジーニ、ボーモン、彼女の周囲を旋回する男たちはその重力場に捕らえられた小石に過ぎない。そしてマデルボス。

 

 一途であるということは、つまりそれ自体が狂気だったのだ。いったい誰が責められるだろうか?

 

 

 余談ながら、本編視聴後に国内配給の公式ホームページを見たとき、自分は同名のまったく違う映画を見たのだろうか、そうでなければこのキュレーションはなんなのだ、私はどちらの現実に属すればいいのかと悪酔いのような気分を味わった。あなたが同じものを見てどう感じるか、私にはまったく予想がつかない。