反響室の中と外

反響室の中と外

Twitterまとめや書ききれなかったこと、映画の感想、日々の妄言等々。

「ウォーリアー」/拗れた世界の最適解

Title: Warrior (2011)
Country: USA
Direction: Gavin O’Conner
Writing: (Screenplay) Gavin O’Conner, Anthony Tambakis, Cliff Dolfman /(Story) Gavin O’Conner, Cliff Dolfman
Cinematography: Masanobu Takayanagi
Music: Mark Isham

 

【定型文】本文の前に:
・このブログの映画感想記事は個人の所感を記録することに特化しています。
・基本的に公式宣伝やインターネットなどで触れられるあらすじについて改めて言及しません。数多ある感想ブログの中ではかなり不親切な部類に入ると予想されます。
・息を吸って吐くようにネタバレしたり作品の見せ場について濃ゆいコメントをしたりします。ご注意くださいませ。

 

 もうひとつ本文の前に。通常の三割増しでエモいです。通常の記事も相当程度にエモいので、今回の濃さは推して知るべしというあれやそれや。お許しくださいませ。

 

 

 

 すべてが解決する魔法も何もかもがうまくいく呪文も存在しないことを私たちは既に知っている。知っているのに、あのブレンダンの言葉があの場面において「それ以外にない」解であることに、ただ泣けて泣けて仕方ないのである。
 つまりそれだけ私はトミーという、兄と比較してもあえてその来歴が極めて断片的にしか語られない人物のありようを痛みをもって見つめていた。

 トミーはおそらく遅かれ早かれ自身の軍歴が明るみに出ることを承知で大会への出場を決めたはずで、それはまた最終的に処罰されることをも理解していたことになる。ただ、賞金を誤爆で喪った友の遺族に譲るという行為の理由が罰を上回ってもそうすることでかつて所属したその軍の行為を質したかったから、と理性的に導き出すことは、(あくまで一観客であることは自覚しているものの)私の主観からは難しかった。それほどにリングに立つトミーの姿はその圧倒的な強さにもかかわらず寂しく独りぼっちで、そして破れかぶれで痛々しかったからだ。
 軍を兄弟と呼び、その軍によって傷つけられて絶望し、それでも窮地にあった仲間たちを前に見て見ぬ振りをできなかった兵士だった、強靭なからだを持った男。
 身体的な強さは時にその内にある繊細さを隠してしまう。他人からも、その持ち主自身からも。
 泥酔して泣く父親を抱えてベッドに横たわったときの穏やかさ、改めて突き放してもおかしくなかったその父を受け止める選択から、彼の内面の複雑さ、割り切れなさ、未整理の心境が読み取れるようで、このシーンもまた上に挙げたクライマックスに繫がっていく。
 あの言葉はまるで兄弟で争うことになった決勝戦そのもののように、トミーにとっては最も予測していなかった言葉だったのではないだろうか。正確に言えば、幼い頃からずっと求めていたにも関わらず、求めていたこと自体に気がついていなかった言葉。鎧った身体と尖らせた精神と、それをかたちづくった環境のうえ、更に襲いかかった苦しみによって雁字搦めになった彼にその言葉が届くにはあのリング上の状況が必要だった。
 そして、それを受け入れることが必然として彼の負け、そうまでして強くあろうとしてきたトミーが折れる結果をもたらすことが、これ以上に望みようのない結末でありながら同時にあまりにもつらくて悲しくて堪らない。あのタップが、彼が頑なに自分を守ることからついに解放されたことを示しているとわかっていても。

 


The National - About Today (Warrior Version)