反響室の中と外

反響室の中と外

Twitterまとめや書ききれなかったこと、映画の感想、日々の妄言等々。

小説の書きかた・サンプルn

 フォロイーさんやそのご友人が小説の創作スタイルについてかなり細かく記載してらして大変興味深く拝見した。そして自己顕示欲の強いオタクの常、そうしたものを拝読していると我が身も振り返って考察してみたくなるものである。というわけで聞かれてもいないのに自分の小説の取り掛かりかたから完成まで開陳してみる次第です。特に興味ないよ!という場合は遠慮なくスルーしてください。長いので。

 

 私はショートショートから長編まで書く同人小説家です。とはいえどの程度の字数のものをそれぞれに分類しているかも人によるかと思うので、個人としての基準を以下に。
ショートショート 〜5000字未満
・短編 5000字以上20000字未満
・中編 20000字以上50000字未満
・長編 それ以上
という感じでしょうか。もちろん大まかな区分ですが、文字数によって書けること・書けないことが決まってくるので大体この基準に基づいて認識を分けています。ちなみに過去作を見ていると10000字前後の短編がいちばん多いです。書きやすいからな……

以下、いずれの字数であっても共通する部分についてはそのまま、特に気をつける箇所については個別に「ショートショートでは」「長編では」等と明示して記載していきます。

かつ、今回それぞれの字数に該当する具体例としていくつか自作のタイトルを挙げます。基本的にどれも紙媒体で出ているものなので広くご参照いただくのが難しいのが恐縮ですが、細かい内容のことにまで触れるわけではないので「そんな感じなんだな」と読み流してやっていただければ幸いです。

 

【ネタ出し・資料集め①】
 基本的にいつでも何らかの妄想をしているので、程度の差はあれどんなネタも思考に浮上させたりまた沈めたりしながら四六時中捏ねている感じです。年単位で懐に入ったままのネタとかある。ちょっとでも書くとそれだけで満足してしまいそうなので、ネタだけの状態で書き出したりはあんまりしないかな(そのままお蔵入りして忘れてしまったらそれまでのものだったと思っておく)。なのでツイッターにもネタ投下とかはあんまりしません。
 で、それがネットや書籍の関連資料をチラ見したり、他のツイッタラーさんのコメントからふっと関連づけたりすることで少しでも具体的になれば即執筆に取り掛かります。これが顕著だったのはSS『A Deal with Chaos』(ダンケルク二次・既刊『波の下』収録)(完全に記録に残っている出来事を参照した)や短編『In the Vapour with the Air Underneath』(ダンケルク二次・既刊『海底へ』収録)(フォロイーさんのふせったー呟きに原案をいただいた(許可は取りました))かな。中編の場合は「ファリアの収容所生活を何とかして作品にできないか」と半年くらい捏ねていたら、ある日突然語り手としてのオリジナル登場人物と最終パラグラフが完成形でドンと落ちてきたのでそのままひっつかんで料理したのが『Horizon Variations』(同上)ですかね。長編については(中編もですが)各章で発生するイベントをそれぞれ頭の中で固めつつそれらの順番などをパズルのように組み替えつつ書き始めたという感じです。
 最低でもイベント申し込みの時点でこの具体性を帯びた段階になっていないと多分私は新刊落とすと思う。無から本は出ない。

 

【構成】
 SSとそれ以外の構成は全く別だと思っていて、かつ私の場合はSSの時は登場人物を一人に絞ることが多いです。もちろん二人以上で会話劇風にする手法もあったりしますが。
 SSは一枚の写真で切り取るように「瞬間」をその作品のクライマックスに持ってきます。先に挙げた作品だとパイロットが「見る」場面ですね。それが最も際立つように前後を整えるつもりで冒頭から書き始めます。SSだと長い時間の流れや場所の移動を表現できない場合が多いので、代わりに一瞬一瞬の五感の描写が鮮明になるように心がけます。もちろん、具体的描写を一切なくして状況や心象の説明だけで全て書いてしまうのもそれはそれであり。人様に突然押し付けたキングアーサーSSはそんな感じで書いた。

 短編の場合は登場人物は二人以上いたほうがいいかな、と思います。一切の他者との交流なしで10000字は私にはちょっときつい。このときはクライマックスを十数秒の短い映像シークエンス、締めのシーンを映画のラストカットを見るようなつもりで想像して、文章を組み立てます。
 また、短編以上になる場合は、イベントラインと感情ラインをそれぞれしっかり立てたほうがいいです。プロのみなさんがメインプロットとサブプロットと呼ぶものだと思う多分。一つの短編の中にひとつ以上の「出来事」である具体的イベントを設定し、それに対して登場人物がどう反応し影響し合うかを考えると、自然で説得力のある作品にできるのではないかと思うので。
 中編・後編になってくると、大テーマと大イベントをひとつ、それに応じたクライマックスとラストカットを設定、そしてそれが達成されるように入れ子構造のように小テーマ・小イベントを複数(場合によっては同時並行で)並べていくと、メリハリを付けつつ一貫性のある長い話が書けるように……なる きっと。人が複数いるなら途中で視点を交代してもいいですね。
 中編・長編の場合はやっぱり最初に大テーマとオチ(クライマックスとラストカット)をしっかりイメージできると、途中で何があっても時間がかかっても最終的な質にはあまり影響しない気がします。
 以上のように構成上の考えかた・視点が違うので、書いているうちに中編が長編になることはあっても、短編が中編になったりSSが短編になったりすることは私の場合はありません。ネタ出しの段階で方向転換することはあるよ。

 

【資料集め②】
 私は資料集めが好きで、というのも資料がちゃんと集まると情景描写がしやすくなって文字数が稼げ……表現の具体性が増すからです。ダンケルク二次だと軍事(空軍)系の資料は結構当たりました。戦況もですが各地の基地の所在地とか機体の構造・改造とか、あと当時実際に起こった出来事とか。嘘もつきましたが…… 他にも旅客機運航とか実業団駅伝とか古代中国の建築物の各部名称とか無駄に詳しいよ(おたく生育歴)
 また、個別の内容以外に、対象地域の気象庁のウェブサイトに行って年間気温や降水量、大まかな地形や気候なども調べます。観光ナビサイトなんかも参考になります。月齢を検索して満潮・干潮時刻を調べたりとか、リアルタイムの風のシミュレーターを見たりとか。移動距離を確認するためにグーグルマップを見たり、公共交通機関の乗り継ぎ検索をかけたりもします。特定の動植物を登場させたい場合はそれがその地域に生息しているかどうかとかも一応ファクトチェックを兼ねて。
 資料のおかげで書けた話も多いので、やって損はないと思っています。ほんとうはきちんと資料を自分で整理してから書き始めたほうがいいのはわかってるんですが、つい同時並行でウェブブラウザを広げまくり図書館で借りた本にしおりを挟みまくりながら話を書いてしまう。

 

【プロット】
 中編以上になるとやっと書いたり書かなかったりです。以前出した本だとSS〜中編までの、同じ設定に基いたそれぞれの作品を時系列をバラバラにして配置したので、その整合性を取るために簡易的な年表を書いたりもしましたが、長編の場合は小イベントを箇条書きにして必要に応じて並べ替える程度です(イベントの構成がしっかりしていれば感情ラインは自然とそこに沿って動くのであえて書かない)。ちゃんとしたプロットを書けばもっと複雑な話にも挑戦できるように思うのですが。

 

【よくやる手癖】
 これは手癖の範囲なのであんまり堂々と書くのは……と思いつつ書くのですが、二人以上の会話シーンでは、私はあまりテンポのいい会話、丁々発止のやり取りを書かないほうです。ひとつひとつの台詞の間に本人たちの間を感じさせたい。それでも、そのまま鉤括弧の台詞を並べてしまうと勝手にリズムができてしまうので、間のつもりで地の文を入れるというのをむちゃくちゃやります。登場人物の目線で感じ取れるものを書いたり、少し離れて状況説明を挟んだり。結果として冗長になっているという指摘があれば否定する余地はないのですが、三点リーダダッシュ記号を多用するのはあまり好きではないので。

 

【完成まで】
 締めの一文に強い余韻を残したいので、その最後の最後の一文に辿り着くまでに力尽きることは最近はなくなりました。昔はクライマックスあるいはいちばんの見せ場を書いたきり尻切れトンボとかもあった。どうしてもそうなってしまいそうなときは、見せ場までできたらどれだけ続きが書きたくてもそこで中断してその日は休み、次の日以降に仕上げをするといいみたいです。結局気力体力との戦いですね。
 一日の文章量は締め切りに追われていなければ平日で1000字ちょっと、休日で2000〜よくできて5000字くらいでしょうか。あんまり筆が早いほうではないです。それ以上やると誤字脱字や表現の重複が増えるのでよくない。というか締め切りに追われるなと。すみません。

 

【校正校閲
 悪いこと言わないので校正校閲はちゃんとしよう(盛大な反面教師)。イベント会場の自分のスペースで自分の新刊の内容チェックをしてる時間(お客さんが切れなくて忙しい!なんてことは俺はまずない。永遠の隙間産業従事者なので)が同人活動において最もテンションの低いモーメントです。入稿前に気づけたはずのミスを印字で発見する恥辱。誤字脱字タイポ微妙な表現入りの本をのうのうと売りに出しててほんとにすみません。穴があったら入りたい。ちなみにいちばん高揚感があるのはクライマックス書いてるときな。完成や脱稿は高揚感ではなく虚脱って感じ。もしくは綺麗な表現でいって卒業。
 人様に無理を言って校正校閲をお願いしたこともあるのですが本当にありがたかったです。献本なんてものじゃ済まない。毎度ギャラをお支払いしてでもお願いすべき…… 地獄進行でそれもままならない時であっても、最低限自動校正ツール(https://www.kiji-check.com/ とか https://so-zou.jp/web-app/text/proofreading/)にブッ込むぐらいはするべきでした。謝っても謝りきれぬ。

 

【書きたいもの?】
 私が恋愛も性交も書きたくない(書けなくはない)ことは大体みなさまお察しかと思うのでそのあたりは了解の上で読んでくださっていると勝手に仮定して話を進めてしまうのですが(失礼)、通底して書こうとしていることは、人間の弱さ、後悔、望みが叶わない苦しみ、それでも生きていかなければならないこと、そして生きていればなんらかの光が見えること、あるいは見えないこと、他者の幸せを願うこと、自分と相手に対して誠実であろうと努力し続けることです。誰かの人生の断片を見て、そこからその人の人生のまた別の面を想像して、一緒に想像してほしいと思うことが、あらゆる創作のモチベーションなのだと思います。そうやって書いたものが恋愛に見える時もあるだろうなーと思ったりもしますしそれ自体を否定はしません。人間ってややこしくてしんどくていいもんですね。
 だもんで、どうしても出てくる人出てくる人思い詰めたタイプの人間になってしまって、破天荒キャラとか肝の座った楽天家とかを書けないのは欠点かもしれません。軽妙なやりとりとかタッチの軽い小話とか書いてみたいです。すごく向いてなさそう。

 また、特にここ数年は、舞台になる社会の情勢にきちんと言及するのを忘れないようにしようと思っています。これは洋画クラスタでアンクル二次をやるにあたり否応なくという面もなくはなかったんですが、そもそも避けるものじゃないなって。そういうところも含めて洋画クラスタに来てよかったなと思ってます。結果として倫理面におけるリアリティ(「理想」ではなく)を書けてないんじゃないか……? という疑念は常にあるんですが、リアルだからといって全肯定していいわけじゃないのはこのクラスタのかたならどなたも心当たりのあることでしょうし。これからも悩みながら、しかし己の正義をこれ以上裏切らないようにやっていきたいものです。

 


 長……ほんとに長いなおい。お付き合いいただき感謝です! なんの参考にもならないと思うんですが他のかたの創作手法と見比べてみると面白いかもしれないくらいの効果はあるかも。
 あとどさくさに紛れて出版物の通販サイトのリンクとかも貼っておくのでもしちらとでもご興味があればぜひ(厚かましい) https://order.pico2.jp/tomoi002/ いちばんのおすすめは『風が強く吹いている』の二次創作長編『きみの残像』です。残部僅少です(本当に厚かましい)(洋画原作ですらない)
 あっそれからイベント前に校正を助けてくれるかたを常時全力で募集中です。お互いの草稿のトレードとかでもいいんで……頼む……。必死じゃないか。いや必死なんだ俺は。いつだっていい文章が書きたいんだ。

 ありがとうございました!